もしも人なつこいコンビニの店員さんがいたら

 朝は曇っていたけれども、昼前から晴れてくる。少し寒く感じる。昼に本屋に行きたかったのだけれど、かかってきた電話に対応しているうちに時間がなくなってしまった。少し歩きたかったので、普段は行かないちょっと遠くのコンビニまで出かける。あんぱんとガム、そして一度飲んでみたかったへルシア緑茶をとってレジに行くと、店員さん(女性・20代)から、「あんぱんお好きなんですか」と質問される。不意打ちを食らった。コンビニでこんなことを訊かれるとは! しかも、そもそもあんぱんが好きかどうかなんて真剣に考えたことはない。「みのもんたお好きですか?」と尋ねられれば、「いいえ、大嫌いです」と即答できるけれども、自分があんぱんを「好き」と言えるほど好きなのか、わからない。今日はおにぎりを買うつもりでこのコンビニにやってきたのに、13時を過ぎていたせいか残っていたのはキムチなんとかとシーチキンだけ。両方ともおにぎりの具としては?だと個人的に思っているのでパス。サンドイッチも見るからに不味そうなので、菓子パンのコーナーに来て、そこで何気なく手に取ったのがあんぱん。ということは自分はあんぱんが好きなのか? メロンパンやジャムパン、チョコパンを選ばずにあんぱんを選んだというのは哲学上どういう意味を持ちうるのか。僕にはわからない。なので、店員さんには「ええ」と曖昧に答える。でも、僕が本当食べたかったのはあんぱんじゃなくって、昆布かおかかのおにぎりなのだ。僕の曖昧な答えに対して、店員さんはレジの横のかごを指してこう続ける。「これ、新発売の高級あんぱんなんですけど、とっても好評なんです」と。なんだ営業かいと思いながら、どう考えても僕が買おうとしているあんぱんよりもそちらのほうがおいしそうなので困った。とはいえ、店員さんはもうバーコードの読み取りを終えて商品を袋に入れているところ。おにぎり代わりのあんぱんとはいえ、少し高くてもできればおいしい方を食べたい(ってたかだか100円ちょっとのことだけれども)。先に買ったあんぱんは明日に回して、折角だから今日は高級あんぱんにしよう、と勇断をくだす。けれど、店員さんの口車にまんまと乗せられたみたいで嫌だから、できるだけさりげない雰囲気を装いたい。「んじゃ、折角だから」と高級あんぱんを手に取る僕。後ろにはいつの間にか次のお客さんが並んでいて、「こいつ、店員さんがかわいいからって見事に引っかかったな」と思われるのも癪だし、何だかとっても恥ずかしいので、さっさとレジを打って欲しい。すると、今度はこんな言葉が返ってきた。「こちらこしあんですけどよろしかったですか。つぶあんもありますけど」。こしあんつぶあんこしあんは小豆を漉して、表面の皮がないもの。つぶあんは粒のまま皮が残ったあん。それくらい知っている。でも、意識してどちらかを選択したことはない。こしあんつぶあんのどちらが好きか、真剣に悩んだこともない。そもそもあんぱん自体を好きかどうかも結論は出なかったのに、余計に混乱してくる。「こしあんが好きなんで」。ついこう言ってしまった。甘党だけれども、こしあんつぶあん、どっちでもいいのに。こうやって人間って簡単にウソをつけるものなのだ。そうこうしているうちに、「こちらのレジへどうぞー」という声がかかり、僕の後ろのお客さんはそちらへ。件の店員さんは次にこう話しかけてきた。「なんだかすみませーん。押し売りしちゃったみたいで。でもとっても嬉しいです!」。そう言われるとこちらもかえって恐縮してしまう。支払いを済ませると、僕が片手に持っていた携帯電話を見て、「あっ、プレミニですね、私もです。シルバーなんですけど」と。その後も他のお客さんがいないので3分くらい話してしまった。コンビニで店員さんと話すなんで初めてだ。職場に戻って、もし彼女がバイトだったら早晩クビになるんでは、とちょっと心配になる。