「・・・(略)・・・実を言うとね、ぼくは店でレコードを買ったことが一度もないんだ。たぶんそれで、きみが言ったみたいなフェイドアウトの良さを知らずに終わってしまったのかもしれない。ラジオだと、曲と曲とが切れ目なくつながっていくからね。でも、ポップスを聴くんだったら、ぜひラジオのあの運まかせの感じっていうのも味わってみるべきだとぼくは思う。なぜって、けっきょくこれは人と人との出会い---世界中に何十億っている人間の中から、すごく好きになれる誰か、少なくともそこそこ気の合う何人かの人間に出会う、そのことと同じなんだ。もしレコードとかテープを買えば、その曲を聴けるときを自分でコントロール(傍点)するわけだけれど、曲との出会いは本当は運というか運命とか、そういうものであるべきだと思うんだ。目当ての曲をかけてくれる曲を探してラジオのダイアルと行ったり来たりさせて、そしてとうとうめぐり逢えたときの喜び! それは曲を聴くというよりも、傍受するっていう感覚なんだ」(p.38)
(出典)ニコルソン・ベイカー(1996)『もしもし』(岸本佐知子訳)白水Uブックス